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2010-08-15

原爆記念日 広島ライブ お盆で里帰り




5日
10時、東京駅で齋藤さん、JETTとマイラさんと合流し新幹線で一路広島へ。
広島駅に葛原さんが迎えに来てくれていたのを知らずタクシーでオリエンタルホテルに向かいチェックイン。
ホテルで葛原さんと合流しラーメンをご馳走になる。
葛原さんの車で南区民センターへ。
リハーサルを終えてから一旦ホテルに戻る。
8時過ぎに会場入りし、出番を待つ。
控室で梶川さん、こうせつさんのそっくりさんと知り合う。
本番、齋藤さんのMCではじまってJETTとマイラさんを紹介し、Greene TomatoesとListen to the Fury of Godの2曲を披露。
終了後、みんなで葛原さんのレストランでパーティー。韓国からいらしている人工芝の社長さん達を紹介される。
ホテルに戻ってからJETTと焼き鳥屋で2時まで飲んで語り合う。
Jettの音楽に対する考えたかがこの2ヵ月で大いに変わったそうだ。

6日
齋藤さんと一緒に原爆記念式典に参加。
もの凄い猛暑の中で凍らせてあるお手拭きが気持ち良い。
会場で英国のTVクルーを見かけたので声を掛ける。
早速、齋藤さんのインタビューが始まった。
お昼にミネハハさんのライブを見に行く予定だったが、JETTがスティービー・ワンダーがちょうど大阪入りしていてもしかしたら夕方くらいに広島に顔を出せるかも?ということで急きょ広島市からの公の招待状を取ろうということになり、色々な方にお願いしたのだが、やはり当日ということもあり、結局、ライブの主催者である梶川さんの名前で招待状を出してもらうことに。
5時前に現地入りして、6時前にいよいよライブ開始!
原爆ドームの対岸にある川沿いのステージなのだが、いい感じの雰囲気!観客も徐々に増えてきて齋藤さんのスピーチから始まってJETTとマイラさんでグリーン・トマト、聞け!神の怒りを!の2曲を歌う。昨日よりいいステージだった。

http://www.youtube.com/watch?v=W9WhsOddNx4
ライブ終了後、朝日新聞の記者の山下さんがJETTのインタビュー、終了後、島根から駆けつけてくれた野津さんとJETTの3人でドーム近辺を散策。
Free Hug のサインを持っている団体があったのでJETTと一緒にFree Hug!
(後日、モトPさんが写真を送ってくれる)
葛原さんのレストランでJAZZライブにJETTが飛び入り参加!
ドームの会場で知り合ったフルート奏者の山本綾香さん達もいらしていた。

7日
JETTと一緒に、今回色々とお世話になった西本さんを訪ねる。
ちょうど国際アニメフェアで3Dのイベントをやってらした。
ラテン音楽も大好きだということで意気投合!
お昼はJETTと一緒に沖縄料理のランチを食べる。
JETTと別れて広島市内を探索してから高速バスで実家の益田市へ向かう。
ちょうど水郷祭で家族のみんなは高津川に出かけているとのことで、自転車に乗って会場に向かう。
ちょうど花火が始まったところでみんなと合流。
花火が終わってからは清水さんに借りた3Dカメラで石見神楽を収録。

8日
早朝、電話で小田会長、狩野さんとやり取りし、10時にアキバのワシントンホテルで王さんを紹介することに。
遠隔で私抜きで、打ち合わせをしてもらう。アキバの不動産物件をアテンドしてもらう。
すっかりと晴れ渡っていた青空に白い雲が漂っていたので、ここのところ、すーSUNから教えてもらった氣功の鍛錬法や、DVDで習ったぷるぷる氣功法で訓練した結果を「雲消し」で試してみる。
結構大きな雲も消せて自分でもびっくり!(笑)
http://www.youtube.com/watch?v=wlDqz-3uzd4
リオとわかこちゃんを連れて墓掃除。海のそばだったので、海岸へ行って足だけ海に浸かる。

9日
JETTからメールと電話でスティービー・ワンダーに会って、MUSIC FOR PEACEと広島、長崎へ是非来日して欲しいというお願いをしたとの連絡が入る。
早速、葛原さん、西本さんに連絡を取り、動いてもらう。
堀江さんと連絡を取って、T建設へ銘木の動画を撮りに行く。
リオとわかこちゃんを連れてまた海に行く。
今まで行ったことのない場所、持石海岸の河口付近に遊びに行く。

10日
JETTから、お台場のFMラジオにも出演するとの連絡が入る。
http://www.ustream.tv/channel/otvshopping
新月のアファメーションをしてから、リオとわかこちゃんを連れて海とばんりゅう湖へ行く。
以前リオと一緒に来たときに、偶然、ばんりゅう湖の主とでもいえるような巨大な鯉が現れたのだが、今回は再会できなかった。

11日
狩野さんから石川テレビの件で連絡が入る。
齋藤さんが茨城の方で原爆の話をするので、担当の方に以前使ったパワーポイント資料を送って欲しいとのことで、担当の方と連絡を取ってメールで送る。

12日
寺岡さんから「ゆびとま」の再生をするとの連絡が入る。
長谷川さんからもD社とのコラボを考えて欲しいとのことで、いくつか提案をする。
今日はリオとわかこちゃん、それに愛犬のリカ、コロンを連れて高津川へ。

13日
母方の伯父の初盆で甘子の家に親戚一同が集まる。
九州からも伯父家族も来て、久々の再会。
お経をあげてもらってから皆で料亭の上田で直会。
葛原さんが秋葉市長と会って話しをしたらしく、早速JETTに報告。
6時半から高津の同級生で集まって同窓会。
和尚に、恭司、まんやに、マーニー、それにユウゾウの面子。
二次会はメイツ。
仕上げはラーメン!
駅前で瀬戸塾で一緒だった岡本くんと再会!

14日
うどんの萬栄でお昼を食べる。
午後から堀江さんとガストで打ちあわせ。
4時に同級生だったナオの墓参り。昨夜のメンバーに加え、ヤサとも再会。
リオと愛犬のリカ、コロンと浴衣を着て、盆踊りに参加。
ナオの墓参りで再会したムーちゃんともまた再会。息子さんと一緒に来ていた。
晩御飯は今日も魚三昧♪

☆おススメのコンテンツ♪
【音】甲斐よしひろ「バス通り」SINGER 21st

http://www.youtube.com/watch?v=wERNxxPMjSk

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青いトマト
斉藤 孝 横浜市鶴見区在住
当時一五歳広島三・〇km
 僕はトマトが嫌いだった。
 この南アメリカ原産の羽状復葉ナス科に属するトマト、独特の青いくさみがどうしても好きになれなかった。母や祖母が何とか僕に食べさせようと、よく冷やしたり、砂糖をかけたりして努力してくれた。しかし僕は一口でも食べたことがなかった。
 昭和二十年八月六日、午前八時十五分。ヒロシマの上空で超高熱の太陽が炸裂し、目もくらむ灼熱の閃光が、蒼考を引きさいた。
 そして僕はそこに、この世の阿鼻地獄をみた。
 当時、僕は十五歳、中学二年生、学徒動員で爆心より約三キロの工場で、大型旋盤工として、ロケットの砲弾をつくっていた。
 ヒロシマの街は、多くの美しい河が流れ、橋が一杯かかっていて、そのたもとには、名物の牡蠣船がつなげてあり、わが家の庭から直接釣りが出来た、美しい水の都であった。
 八時より作業開始、その日は、悲しいくらい晴れ上がった青空、風もなかった。モーターがうなり、ベルトが回り、火花を散らしてネジを切る。
 八時十五分、写真のフラッシュを千個も一万個もたばねて、目の前でたいたような白熱の閃光。
一瞬全身が灼熱の釜の中にたたき込まれたよう、大きな工場が、すっと傾いて行く、音も聞こえず、恐怖もなく倒れる! そして暗黒の奈落の底にひきづり込まれた。
 どの位の時間がたったのだろうか、永遠とも思うし、数分間とも思われる。パチパチという物が燃える音、煙が充満してきて、激しくむせる。全身が何かにはさまれている。
息が出来ない! 苦しい! 助けてくれ! 声にならない叫び声を上げる。やっと意識がもどる。
 空襲だ! 逃げろ! がむしゃらに夢中でもがく。ガラガラと頭や背中の上のものが動く。しめた! 渾身の力をふりしぼって、重い物をどける。手さぐりで板を破る。
 やっと外に脱出できたようだが、暗くて何も見えない。
手さぐりで防空壕を探して飛び込む! 空襲だ! 空襲なんだ。訓練で教えられた通り、目と耳を両手で押さえ、腹這いになる。しかし一体どうしたんだろう。空襲警報もなかったし、どうしてこう暗いんだ。どうして音が聞こえないんだ。そしてどうして一人もこの防空壕に入ってこないんだ。
 顔をおう手がぬるりとする。はっと見ると血が流れているらしい。泥と血とほこりで、どす黒い血、頭に手をやると髪に中は、ガラスや砂でジャリジャリ、傷はわからない。
痛さは感じない。友だちは! 先生は! 工員さんたちはどうしたんだろう。おそるおそる壕から首を出した。そしてそこに見たものは、正にこの世の地獄だった。
 工場はくずれ落ち、大勢の学友や工員さんたちは中にとじ込められたまま、燃え始めていた。血だらけの先生が、気ちがいのように屋根を破って中の人間を助け出そうとし
ている。
 助けてくれ、出してくれ、苦しいよ、の叫び声。「斉藤、兵隊さんをよんでこい!」「はいっ」僕はかけ出す。しかし辺りは一面の火の海だった。工場も、住宅街も、兵舎も、すべて紅蓮の炎に包まれていた。そして見た。おばけを! 全身やけただれた肉の塊り! わずか靴を残してすべてを焼きつくされ、全身の皮がベロベロにむけてぶらさがり、髪の毛もチリチリにやけこげて、血と肉汁が流れ、それに泥とガラスなどの瓦礫がこびりつき、高熱のために顔はフットボールのようにふくれ上がっている。とうてい人間とは思えない。この世のものとは思えない幽鬼の姿だ。
 門のところで、そんなお化けの一人が僕の足にしがみつく、「斉藤!おれだよ!」。ギョツとする。友だちの一人だった。顔にも怪我をしていて、ほほに穴がぽっかりあいている。かすかに見えるらしい目は真っ赤だった。だが意識ははっきりしている。
 「外に出ていて空を眺めていたらB29が一機飛んでいった。飛行機雲がきれいだったよ。そして落下傘がふわふわ落ちて来て、そしたらピカッとしたら、それっきり後は分からなかったよ」 と。
 そして 「水をくれっ」 といって横になった。助けようにも助けようがなく、もう工場の中は、なすすべもなかった。
 中からまだ助けをよぶ声、うめき声が聞こえる。屋根をぶちやぶり重い梁を必死にどけて、四、五人は助けたが、もう駄目だ。かんにんしてくれ、神様助けて下さい! 僕は泣きながら畠の中にひっくりかえる。もう動く力も、考える力もなかった。
 頭からの血は止まったらしい。ただむしょうに咽がかわいた。水が欲しい。ふっとそのとき手にふれたもの、青いトマトだった。思わずかぶりつく、うまい! うまい! 泣
きじゃくりながらかぶりつく。
 うまい! 僕は生きているんだ。そうだ僕は死なないぞお母さん。そうだお母さんのところへ帰ろう! 僕は青いトマトを三個ポケットに入れて、わが家の方へ向かって歩
き始めた。
 何十万というお化けがうごめいていた。これをお化けと呼ばずにいられようか。もはや人間ではなかった。祖母によく聞かされていた地獄、人間悪いことをするとこんなところへ送られるよ、と見せられていた地獄図、それがそこにあった。
 そして絵や芝居で見るお化けは、両手を七三に構えて体の前にだらりとさげていたが、その通りだった。全身はやけただれ、ふくれ上がり、もはや男女の見わけもできない。
皮膚をぶらぶらとぶら下げ、両手をお化けのように構えて、血と体液がにじみ出る。全身にガラスなどがつきささり、泣き、叫び、うめきながら、火に追われて逃げようとはい
ずり廻っていた。
 そんな肉のかたまりが、赤ん坊らしい肉のかたまりを僕に差し出し、「助けて!」と訴える。しかし、どうしようがあるのだろうか。僕も火に包まれて前にも後にも進めない。
どぶや、防火槽の水をかぶり、体に火がつくのを防ぎ、息をするのがやっと!
 橋は落ちていて河にとび込む。もはや屍なのか、まだ生きているのか、肉のかたまりが見渡す限り浮いている。必死で泳いで渡る。
 夜になってやっと広島駅に到着。その裏は広々とした練兵場で、遥か向こう側の山の麓にわが家があった。いや、あったはずだが無い!特徴のある白い壁や、大きな屋根が見えない!
 もう夜の八時過ぎだったが、ごうごうと音をたてて燃えている家並みのために真昼のように明るく、練兵場一面に照り出される光景は正に凄さんだった。火に追われた数しれぬお化けの集団がうごめいていた。神様! どうか、お母さん、おばあちゃん、兄弟姉妹たち、どうか生きていますように! 祈りながら近づく。
 家の近くに、わが家の客ぶとんにくるまったお化けが一人。恐ろしくてそばに近寄れない。わが家の広い庭も負傷者で一杯。看護していた一人がふり向く。「お母さん!」声もなく、抱きつく、はらはらと泣きながら、きつく、いつまでも抱きしめてくれる。青いトマトを出しながら言う。
「お母さん、僕はもうトマトを喰べられるよ!」
 奇蹟だった。祖母と妹たち三人はちょうど家の中に居て、くずれ落ちた屋根の下じきになり、爆風でさらに数メートルも押し飛ばされた。母は一人畠で仕事をしていて爆風に飛ばされ、やけどで顔が真っ赤だった。母は必死に屋根をぶち破り、祖母たちを一人一人ひっぱり出したという。怪我一つしていなかった。弟も動員先の工場で作業中、二階からふきとばされたが、背中に怪我とやけどをした程度で、これも奇蹟的に帰ってきていた。一日中帰らなかった僕は、もう絶望視されていた。
 全壊はしたが、延焼だけは何とかまぬがれたわが家、崩れ落ちた屋根の下のタンスに、将校らしき一人が断末魔の苦しみで、へばりついたまま死んでいる。別棟になっている広い風呂場、離れ、庭先の茶室も、軍人たちの重症者と死体であふれていた。そして庭から一望できる広い練兵場は、見渡す限り、火に追われて避難してきて、力つきて横たわり、うごめき、のたうち回っているお化けの群だった。
 神が人類に与えた試練なのか、人間のおろかさを、みにくさを焼きはらう劫火なのか、ごうごうと音をたてて一晩中、燃え続ける赤い火に照り出される光景は、阿鼻叫喚、正に生き地獄そのもの。
 「水をくれ、水を、水!」全身やけどをしていても意識はある。やけどは水はいけないと祖母がいったが、その頃、隣の呉市から海軍の軍医たちが救助に来ていたが、ただ黄い薬を塗ったガーゼをべたべた貼るだけ。「もうどうせ助からないのだから水をのませてやれ」 と言う。
 ヤカンに水を入れて、だき起こす。べっとりと皮ふや血が手につく、どこが口だかわからない位、フットボールのようにふくれ上がっている顔、唇らしきところに水を注ぐ。
もうすでに水をのむ気力のない人、そのままのどをごろごろならし息がたえる。
 ふと気がつくと、あるグループだけは、頭の毛だけがちりちりにこげて、わずかに残っている。訓練中の兵隊さんが鉄かぶとをかぶっていたために髪だけは、わずかにちりちりに助かったらしい。将校らしきお化けの一人が軍刀をつえに体をおこし、「俺は○○中尉だ、もうだめだ。くにに伝えてくれ」 とつぶやき、どたりと倒れる。
 隣の奥様が爆風でとばされ、そのショックでお産が始まる。トタンで回りを囲い、焼ける炎のあかりの中で母がお産婆さん替わり。お化けの一人が苦しまぎれにはいずり回り、トタンをばりばりとぶっこわす。その中でやがて「オギャーオギャー」 といううぶ声、ああこの赤ちやん、幸せにと祈る。
 母もお腹の中にいる子供がいて、大きなお腹をしていたが、その腹帯を負傷者の縮帯にして、数え切れない位の人々を不眠不休で看病した。やがて練兵場で死体を焼き始める。
マキを組み、その上に死体を山のようにつみ上げ、油をぶっかけて、来る日も、来る日も焼いていた。すさまじい臭い。
 三日たっても、まだ生きている肉のかたまりがうごめいている。軍医が顔のガーゼをパッとはぎとる。「アツ」僕は叫んだ。すでに人間の顔ではない。眼窟から口の中から、ぽっかりあいている傷口から、無数の白いうじ虫が出たり入ったり、胸も背中も一面にウジ虫がはいずり回っている。
「神様! こんなことが、こんなことが地球上に起こってもよいのでしょうか」
 やがて、わが家の庭の中に三つも各部隊の仮の受付が設置され、わが子、わが夫の消息を尋ねて、大勢の人々が並んでいた。そしてそのヒロシマに入ってきた人たちがくにに帰ると、ぽっくりと死ぬという話が伝わってきた。一度助かった近所の人たちも、血を吐き、ぽっくり死んで行く。僕も、むらさきの斑点ができて、髪の毛がぬけ、歯ぐきから血が出て来た。
 不思議に思っていた爆弾が、何か恐ろしい特殊爆弾だというニュース。ひたひたと音もなく、しのび寄るぶきみな死の音を聞いた。屍を焼く音、煙の匂い、その中で終戦の 「玉音」を、広島駅からのスピーカーで聞く、ポロポロと涙がこぼれる。ヤンキーが上陸して来たら、オヤジの替わりに家族を守らなくてはと、空気銃を手入れし、工場でつくった刀をみがいた十五歳の僕。
 父は、満州で病気になった親友と交替しようと、渡満したとたんに終戦、父の親友はヒロシマに帰って来たと同時に被爆、行方不明で奥様が毎日、必死に焼け跡を探していたが、ついに骨も見つからなかった。正に運命、神のさだめという他ない。
 とにかく一日も早くヒロシマを脱出し、生まれ故郷のヨコハマへ帰ろうと、やっと汽車の切符を手に入れる。異変を感じてぴったりと僕から離れない愛犬、無理にくさりにつながれて悲しそうな鳴き声と、練兵場一面にちらばっている人骨のさくさくという音を聞きながら、ヒロシマ駅に歩いて行った。
 母は祖母と長男の僕を頭に七人の家族を、最後の力をふりしぼってヨコハマまでひきづって来た。そしてお産が終わると同時に、ついに倒れた。
 父は満州で生死不明、ヨコハマの家も空襲で全壊、住むところもなく、食べるものもなく、頼りにならない甚六の僕と、生まれたばかりの赤ん坊を含めて六人の子供を残し、とても死んでも死に切れない。「兄弟柿妹仲良く、力を合わせてがんばって」。僕の手をしっかりにぎり息を引きとった。
 毎年八月六日、僕は必ず青いトマトを喰べる。
 (『社民連』第79号、80号、一九八二・八~九に掲載)

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Greene Tomatoes
Written By; JETT EDWARDS

You say yes, then I say no
It’s not easy when you watching your young boy grow
Mama’s, cooking my breakfast; she’s so sweet
She put sugar, on the tomatoes that I don’t wanna to eat

They started dropping bombs all around our heads
Hiroshima, to Nagasaki blue skies burning red
People were running and crying in the streets
And lying at my feet

Where Greene Tomatoes

Greene Tomatoes

I still hear, Screams, and Moans, Faces of those that Died
Death came to get me, but God stood by my side
Who’d ever thought, I’d have so much to gain
Maybe he left me alive to teach mankind how to Change

So let’s all stop dropping Bombs, on each other’s heads
Destroy those nuclear weapons, before we all end up dead
Right or wrong, simple and plain, the greatest weapons
Your brain
Lift your heads to the sky & take aim

Like Greene Tomatoes

Greene Tomatoes

Sing it with me, Greene Tomatoes

Oh, Mama I wish you were here with me now
You’d never guess just what I’ve found
I’ve got two in my pocket and one is for you
These greene tomatoes made the world brand new

Greene Tomatoes

Mama you could see me now

They help me change the world some how

Greene Tomatoes
Greene Tomatoes
Greene Tomatoes
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青いトマト ~green tomato ~

あの日、朝が来て
お母さんは僕の嫌いな
青いトマトにお砂糖をかけて
やさしく微笑んでくれた・・・
そして青い空が赤く燃えて、
HIROSHIMAとNAGASAKIが砕け散る
人は逃げまどい 焼けただれ
全てが燃えてゆく・・・
青いトマト・・・(思い出した・・・)
青いトマト・・・(お母さんの・・・)
降り出した 黒い雨の中
無数の死者とうめき声が
僕は黒い雨の中を
逃げまどうしかなかった・・・
さあ、みんなで立ち上がるときが来た
戦争のない世界をつくろう
地獄の中に横たわるような世界はいらない
青いトマト・・・(思い出すよ・・・)
青いトマト・・・
お母さんの青いトマト・・・
あの時拾った青いトマト
夢中でつかんだ生きる力
神様とお母さんの愛が
ぼくに生きる力をくれたんだ
世界を変えてゆこう
核兵器はいらない
戦争はいらない (戦争のない世界へ)
青いトマト・・・
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是非、ダウンロードしてください♪
http://itunes.apple.com/jp/album/music-for-peace/id372675679


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プロフィール

cozyiwasaki

Author:cozyiwasaki
クール・ジャパン・アドバイザー
日本から世界を変革するために自分が出来る事をやっています。地方と都市そして海外へといろいろなものを繋いでボーダレスなコラボレーションを起こせればと思います。
職業はプロジェクト・プロデューサー、コーディネーターといった感じなのでしょうか?そんなことをやっています。
株式会社ボーダレスコミュニケーション
http://www.borderlesscoinc.com/index.html
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社会貢献専門動画サイト「ワッジュ」
http://www.wajju.jp/

社会貢献共同体ユナイテッドアース
http://united-earth.jp/
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中国と日本を繋ぐ
株式会社クロスゲート
http://cross-gate.biz

日本の優れたものをアメリカに!
http://nikkei-global.com/mission/index.html

NPO未来に残そう青い海
http://www.npo-bluesea.or.jp


下記の会社のお手伝いもしています
☆有限会社アニメエクスポート
日本のアニメを海外へというコンセプトでビジネスをしています。
http://www.anime-export.com

☆TVエイジア株式会社
コンセプト
アジアのコンテンツをより多くの人に知ってもらう!

他にも面白そうなプロジェクトにはあれこれとお手伝いをさせて頂いています。夢はより良い日本に変えていくこと、この夢の実現に向けて興味のあることをやっています。

バツイチになりました(笑)。
大和撫子な女性に憧れます
アメリカはフィラデルフィアに5年、LAに5年滞在。
趣味は居合にアウトドア。

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